地域のお客様に、快適と安心と安らぎの暮らしを。

miyamori_ihatirouミヤモリグループ 会長宮森 伊八郎

おかげさまで、ミヤモリ株式会社は、前身である宮森材木店創業以来、地域、社会とともに歩みながら2015年4月に創業100周年を迎えることができました。これもひとえに、その歴史の時々に於いて地域の皆様にご支持いただいて来たからこそと、深く感謝申し上げます。創業者宮森伊作が、「宮森材木店」を始めたのは1915年(大正4年)。当時は、基礎杭はカラマツの杭丸太が利用されていましたし、電柱や鉄道の枕木なども全て木材でしたから、それらを生産販売していた材木店は大いに繁盛したようです。1941年(昭和16年)、木材統制令により創業者伊作は、北佐久木材株式会社岩村田事業所所長を務めたが、戦後、木材統制令廃止と共に宮森材木店を再開、造林業拡大の時代を一気に走り抜けていきました。

1959年(昭和34年)、新建材の販売も手掛けるようになり、昭和30年代後半までは、ビル建設資材、港湾護岸工事資材、戦後復興資材等、カラマツの利用にとっては黄金時代でした。長野県はカラマツの大生産地でしたから、このあたりも大変な賑わいで、昼夜を問わずひっきりなしに木材を積んだトラックや貨物列車が行き来していたものです。1963年(昭和38年)2月には株式会社宮森材木店に組織変えし、事業を拡大していきました。

ところがその後、杭はコンクリートや鋼管に、電柱や枕木もコンクリートに代わっていき、木材の需要は激減。加えて、1964年(昭和39年)に木材の関税が完全撤廃されたために、東南アジアのラワン材、北米のノーブルファーやアラスカヒノキ、旧ソ連のカラマツなどが入ってきて、一気に日本の木材市場は外材に席巻されてしまいました。こうして木材の杭丸太や電柱の時代は終わりを告げ、我が社は建材に特化することとなりました。

1969年(昭和44年)12月には取り扱い商品の拡大に伴い、現在の「ミヤモリ株式会社」に改称しました。住宅産業には大手ハウスメーカーが参入、エンドユーザー直結型の業態にシフトしていく必要性を感じ、住宅設備やプロパンガスなども扱うようになりました。お客様のニーズに応え、業務の質を高めていくなかで部門ごとに自然と裾野に広がり、結果としていくつかの新規事業が生まれました。「ミヤモリ株式会社サクスイ」、「ミヤモリ不動産株式会社」、「ファイヤーワールド軽井沢」、「コージーホーム株式会社」、「京セラソーラーFC佐久平」。これらのグループ会社を擁することで、幅広いお客様のニーズに対応できる総合力とノウハウを持ったグループ企業に成長いたしました。

今後もこれまでの100年と変わりなく、お客様、仕入先様、地域の皆様、社員の幸せを願い、「お役に立てる」地域一番店として社会に広く貢献できる企業でありたいと考えています。

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創業者宮森 伊作

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創業当時の看板を今に継ぐ看板

 

ミヤモリ100年の歩み

大正15年(1915)4月 宮森伊作「宮森材木店」創業。杭丸太、電柱、枕木用材木などの生産販売を始める。
昭和34年(1959) 新建材販売を始める。
昭和36年(1961) 北佐久木材協同組合を設立し初代理事に就任。
昭和38年(1963)2月 株式会社宮森材木店に組織変更、事業を拡大。
昭和41年(1966) 本社ビル建替え。
昭和44年(1969)12月 取り扱い商品の拡大に伴い、現在の「ミヤモリ株式会社」に改称。
昭和49年(1974) 「ミヤモリ不動産」土地の分譲、建売開始。
昭和51年(1976)3月 宮森伊八郎 二代目社長に就任。
昭和57年(1982)9月 下水道・水回り設備工事を扱う「ミヤモリ株式会社サクスイ」創業。
昭和62年(1987)3月 宮森武久 三代目社長に就任。
平成元年(1989) 創業者宮森伊作永眠(89歳)。
平成7年(1995) 「ミヤモリ不動産株式会社」分社独立。小林順三初代社長に就任。
平成18年(2006) 薪ストーブ設計・施工の「ファイヤーワールド軽井沢」スタート。
平成19年(2007) 新築、リノベーション 設計・施工の「コージーホーム株式会社」創業。
平成20年(2008)4月 ミヤモリ不動産株式会社 ホームメイトに加盟。
平成22年(2010)2月 「太陽光情報館」スタート。
平成23年(2011)12月 太陽光発電の「京セラソーラーFC佐久平」オープン。
平成26年(2014)1月 ミヤモリ株式会社、ミヤモリ株式会社サクスイに宮森伊智朗 社長に就任。
平成27年(2015) 「ミヤモリ株式会社」50周年 ミヤモリグループ100周年。